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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)3591号 判決 1980年10月09日

原告

扶桑興業株式会社

被告

大東京火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用中、補助参加によりて生じたものは原告補助参加人の、残余のものは原告の、各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金八〇万円およびこれに対する昭和五四年六月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  保険契約の締結

原告は、昭和五一年四月末頃、被告との間に、普通貨物自動車(大阪四五せ第一、七三〇号、以下、加害車という。)につき、保険期間を同年五月一日から同五二年五月一日午後四時まで、保険金額を金二〇〇〇万円、と各する対人賠償責任保険契約(以下、本件保険契約という。)を締結した。

二  事故の発生

1  日時 昭和五一年九月二〇日午前二時四八分頃

2  場所 大阪市淀川区塚本六―四―三二

先十字型交差点

3  加害車 前記車両

右運転者 訴外松田茂義

右同乗者 原告補助参加人

右所有者 原告

4  被害者 原告補助参加人

5  態様 加害車が、北進して前記交差点に進入した際、西進して同交差点に進入して来た、訴外橋本興昭運転の普通貨物自動車(大阪四五そ第九、〇三二号)と衝突した。

三  原告の責任原因(運行供用者責任、自賠法三条)

原告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

四  原告補助参加人の受傷等

1  受傷―頭部外傷Ⅰ型、頸部損傷、右肩部・右胸部・腹部各挫傷、右第七肋骨々折、両肘部・両手・両前脛部・右膝部各打撲および擦過創

2  入通院期間

入院期間―昭和五一年九月二〇日から同年一一月九日まで、五一日間(松本病院)

通院期間―同年一一月一〇日から同五二年六月一〇日まで、実日数九七日間(同病院)

3  後遺症―同五三年二月五日その症状が固定し、自賠法所定の後遺障害別等級表一四級に該当する後遺症が残つた。

五  原告の原告補助参加人に対する支払等

1  原告は、昭和五一年一二月八日、原告補助参加人に対し、左記のとおり、約定した。

イ 原告は、原告補助参加人に対し、損害賠償の内金として、同年一二月末日限り金三五万円、同五二年一月から三月まで毎月末日限り各金一五万円宛、合計、金八〇万円を、各支払うこと。

ロ 損害賠償の残金は、原告補助参加人の受傷が完治後、協議の上、決定すること。

2  原告は、右記約定に従い、原告補助参加人に対し、左記のとおり、支払つた。

同五一年一二月一〇日に、金二〇万円

同月二五日に、金一五万円

同五二年一月三一日に、金一五万円

同年二月二八日に、金一五万円

同年四月一日に、金五万円

同月一二日に、金一〇万円

合計、金八〇万円

六  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は、訴状送達の翌日から民法所定年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する認否

請求原因一ないし三項の各事実を認め、その余の各事実は不知。

第四被告の主張

一  免責の抗弁

1  本件保険契約の内容である、昭和五一年一月一日施行の自動車保険普通保険約款、賠償責任条項六条によると、「保険者である被告は、対人事故により次の者の生命または身体が害された場合には、それによつて被保険者が被る損害を填補しない」と、具体例として、同条第四号には、「対人事故の被害者が、被保険者の業務に従事中の使用人である場合」と、各規定されている。

2  ところで、本件においては、

イ 原告は記名被保険者であり、

ロ 原告補助参加人は、その使用人であつたところ、

ハ 原告補助参加人は、加害車に同乗して、記名被保険者である原告の業務に従事中に、受傷するに至つたものである。

3  したがつて、本件の場合には、被告は、右約款の規定により、保険金支払義務を負担しないことになる。

4  なお、原告補助参加人が右約款にいう「使用人」に該当することは、次の諸点に照らし、明らかである。

イ 原告補助参加人は、原告の「鉄工」として、その指揮監督下にあつた。

ロ 原告は、作業に必要な道具、機械、設備等を所有し、これらを、原告補助参加人らに対し、支給していた。

ハ 原告補助参加人は、身一つで、原告に対し、専属的に労働力のみを提供し、その対価として定期的に賃金を得て生計をたてていた、労務者にすぎなかつた。

ニ 右賃金は、作業(拘束)時間に一定額(一時間当り、金九〇〇円。但し、定時=午後五時=以後の残業は、二割五分増、深夜は五割増。)を乗じて算出され、これに食事代および交通費が付加されて、毎月末に、支払われていた。因に、右賃金は、遅刻・早退の際にはカツトされても文句がいえなかつた反面、現実に作業をしない「手待ち」と称する拘束時間に対しても支払われ、また、不就労手当として、定時日給(九〇〇円×七時間)の八割を支払われることもあつた。

ホ 原告補助参加人は、自己の努力により仕事を短時日の間に完成させたとしても、残余の日時を他の自分の用途に振り当てることはできなかつた。

ヘ 原告補助参加人は、仕事の受注活動につき、全く関与することはできなかつた。

ト なお、原告補助参加人が、「下請」という呼称で呼ばれていたとしても、右呼称には、本工と区別するだけの意味しかなく、原告補助参加人が原告と請負関係にあつたことを、示すものではなかつた。

チ しかして、原告補助参加人は、作業現場からの帰途に、本件事故に遭遇するに至つた。

5  因に、

イ 前記「使用人」とは、被保険者と直接雇傭関係にある者のみを指称し、請負関係にある者を含まないものの、形式上は請負関係にあつても、作業の実質において請負的要素を含まない場合には、やはり、前記「使用人」に該当するものである。

ロ 原告補助参加人は、正規の従業員と異別の身分的待遇を与えられていたかもしれないが、今日の企業が、スタツフとライン、本工とパート、管理職と一般職、等、その学歴や職種に応じて、従業員の身分的・経済的待遇(採用・配転の人事権者の相違、固定給と歩合給=月給と時間給=の差、各種の社会保障制度の適用の区別、等)を異にしていることは、周く知られているところであつて、単に、身分上の差異の存在のみをもつて、前記「使用人」に該当しないということはできない。むしろ、原告補助参加人が、果して、原告と請負的要素を含む身分関係であつたか否かということこそ、検討されるべきである。

ハ 原告のような製造、工事会社が、コストダウンのために、「下請」と称する多数の労務者を景気調節弁として雇傭しつつ、他方において、労基法その他の法令で定める使用者としての義務を免れていることは、周知の事柄である。本件事故も、原告補助参加人の就労に関連して生じた災害であつて、本来、労災責任ないし労災保険の分野に委ねられているべき性質のものであり、前記約款の免責条項も、実は、この種企業内事故が、元来、第三者に対する賠償責任を填補しようとする自動車保険の対象としては、やや異種に属することを理由に、設けられたものである。なお、実質的に考えても、右条項は、「自動車が業務に使用される場合にその運行によつて業務に従事する使用人が被災する危険が一般に高いために、その危険を定型的に保険の対象から除外しようとする趣旨」に基いて、設けられたものに外ならない。

ニ 右のとおり、国営の労災補償制度や労災補償保険と自動車保険とは、互にその機能を異にしつつ分担しあつており、かつ、被災率の高低に対応して保険料の多募が決定されており、しかも、自動車保険は、広く国民的に利用されているものであるから、前記約款の文言を形式論理的に解釈する愚は、これを回避すべきである。

二  消滅時効の抗弁

仮に免責の抗弁が失当であるとしても、前記約款、一般条項二三条によると、保険金請求権の消滅時効期間は二年と規定されているところ、原告の本訴提起の時には、既に、原告が原告補助参加人に対して前記のとおり損害賠償の内金の最終支払をした昭和五二年四月一二日から、右二年を経過していた。そこで、被告は、本訴において、右時効を援用する。

第五被告の抗弁に対する原告の答弁等

一  免責の抗弁に対し

1  免責の抗弁中、1、2イ、2ハの各事実を認め、2ロの事実を否認する。

2  原告補助参加人は、前記「使用人」に該当するものではない。前記「使用人」は、被保険者ないし使用者と直接の雇傭関係にある場合に限定されて解釈されており、「被保険者の業務に殆んど専属的に従事し業務執行上は実質的に被保険者の指揮監督に服する者であつても、本来の従業員とは異別の身分的、経済的待遇が与えられている場合には、被保険者と雇傭関係が存在するものとは認められないから、使用人には該当しないというべきである。」と、考えられている。

3  然るに、原告補助参加人は、次の諸点により明らかなとおり、正規の従業員とは身分的、経済的に異なる待遇を受けていたものであるから、前記「使用人」に該当するものではない。すなわち、

イ 正規の従業員の採用については、本社の人事課がその採否決定権を持つていたのに反し、原告補助参加人のような請負人については、出先機関の長が裁量による決定権を持ち、請負契約も右長の名前でこれを締結していた。

ロ 正規の従業員は、「本工さん」と、原告補助参加人らは、「下請さん」ないし「鍛冶屋さん」と、各呼ばれ、呼び方からして、区別されていた。

ハ 就業規則は、正規の従業員に対してのみ適用され、請負人には適用されなかつたので、原告補助参加人は、退職金や有給休暇を支給されない反面、懲戒規定の対象にもならなかつた。

ニ ボーナス(年間に給与の四ケ月分)の支給も、正規の従業員に限られ、原告補助参加人らは、対象外であつた。

ホ 正規の従業員に対しては、給与規程に基いて、定額の給与が支給され、かつ、所得税、県市民税が源泉徴収され、また、健康保険、労災保険等の社会保険の加入対象とされていたが、他方において、原告補助参加人に対しては、毎月末における当該月の稼働時間を基礎に算出された請負金額の請求(原告補助参加人より、原告に対して、これをなす。)に基いて、請負金額が支給され、しかも、諸税の源泉徴収はなされず、また、社会保険の加入対象にもされていなかつた。

因に、請負金額の算出方法は、昭和五三年四月一日から変更され、配管一メートル当りの単価に出来高を乗ずる方式になつた。

ヘ ところで、右ホの如く、請負金額が稼働時間を基準に決定されていたとしても、原告補助参加人の請負人性が否定されるものではない。何故なら、元来、大きな土木建設の仕事には多種多様の職人が介在し、複数の事業主体が関与するのが常態であつて、例えば、A→B→C→D→Eと順次、請負関係が存するとすれば、末端における或る仕事の完成は、部分的な仕事の完成にすぎなくなるが、その際、その仕事の内容が、原告補助参加人の場合のように、均質的なものであれば、報酬(請負金額)を時間単位に決定したとしても、出来高を標準に決定することと実質的に変るところがないことに帰するからである。

ト なお、原告補助参加人は、原告の下請をするようになつてから以降、他で働いていたことはない様であるが、これは原告の方で禁止していたわけではなく、原告補助参加人の原告からの下請仕事が順調に存続し、安定した受注関係が継続していたからに外ならない。

二  消滅時効の抗弁に対し

1  否認する。

2  なお、そもそも、被告主張の消滅時効は、未だ、進行していない。何故なら、右消滅時効の進行は、損害賠償額が確定した時から開始するところ、原告は、原告補助参加人より、三回にわたりその都度異なる金額で損害賠償請求を受けており、現在に至るまで損害賠償額は未確定のままであつて、原告は、前記のとおり、その内金として金八〇万円を支払つたにすぎないからである。

3  仮に、右内金を支払つた時から右時効が進行するとしても、次のイないしハを再抗弁として、主張する。

イ 原告は、昭和五四年二月八日、被告(具体的には、係長の訴外柏原三善)に対し、保険金を支払うよう催告し、かつ、同年六月一六日、大阪地方裁判所に対し、本訴を提起した。よつて、右時効は中断している。

ロ 仮に、そうでないとしても、被告は、同年三月二三日に、原告側と原告補助参加人も交えた上で面談した際、全く、消滅時効の抗弁をせず、むしろ上司と相談して結論を出す旨申し出ていた。よつて、被告は、右時効の利益を放棄した。

ハ 仮に、そうでないとしても、被告は、原告に対し、保険金の支払には問題がある等と称して右支払を延引し、本訴を提起されるに及んで、右時効を援用するに至つた。よつて、右援用は、信義則に違背し、無効である。

第六原告の再抗弁に対する被告の答弁等

1  時効中断の再抗弁に対し

仮に、原告の昭和五四年二月八日の意思表示が民法一五三条にいう催告に該当するとしても、これによつて中断する範囲は、同五二年二月八日以降において、原告が原告補助参加人に支払つた分に限られる筈であるから、結局、それ以前の支払分(同五一年一二月一〇日の金二〇万円、同月二五日の金一五万円、同五二年一月三一日の金一五万円、合計、金五〇万円)が消滅時効にかかることは、免れない。

2  時効の利益の放棄の再抗弁に対し

単に、被告が消滅時効の主張をしなかつたことをもつて、時効の利益の放棄と同視すべきだとする原告の主張は、個人の意思を顧慮している時効の援用・放棄の制度の趣旨を没却するに至る暴論である。

3  信義則違背の再抗弁に対し

被告が仮定抗弁として消滅時効の抗弁を提出したことをもつて、信義則に違背するとするなら、すべての仮定抗弁は無効となつてしまうであろう。

4  なお、保険金請求権の消滅時効は、保険事故による損害発生の時から進行を開始すると解するのを相当とするところ、本件において、原告が右損害を被つた時とは、原告が、原告補助参加人に対し、現実に、損害賠償の内金を各支払つた時であるから、既に、右各支払時から各金額につき、各消滅時効が進行を開始しているものである。

第七原告補助参加人の主張

原告補助参加人の損害の明細は、次のとおりである。

1  治療費 ― 金一四一万四八七〇円

2  付添費 ― 金一三万五〇〇〇円

3  入院雑費 ― 金三万〇六〇〇円

4  文書料 ― 金八〇〇〇円

5  通院交通費 ― 金三万七九五〇円

6  休業損害 ― 金一五一万六〇九三円

7  後遺障害に基く逸失利益 ― 金八五万六九九〇円

8  入通院慰藉料 ― 金一一〇万円

9  後遺症慰藉料 ― 金五六万円

10  合計 ― 金五六五万九五〇三円

11  既払額 ― 金二五一万六一二〇円

12  残損害額 ― 金三一四万三三八三円

第八証拠〔略〕

理由

一  請求原因一ないし三項の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三、第四号証、丙第八号証、証人水野実の証言(第一回)と原告補助参加人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証、同第六号証の一ないし六および弁論の全趣旨を総合すると、同四、五項の各事実をいずれも認めることができ、これに反する程の証拠はない。

二  そこで進んで、免責の抗弁の成否について、以下に検討する。

(一)  免責の抗弁1、2イ、2ハの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  ところで、成立に争いのない甲第七、第八号証、同第九号証の一、二、同第一〇号証、同第一一号証の一、二、同第一二号証、同第一三号証の一、二、証人水野実の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる同第一五号証、証人水野実(第一、二回)、同松田茂義の各証言、原告補助参加人本人尋問の結果(但し、以上三名につき、いずれも後記措信しない部分を除く。)および弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

すなわち、<1>原告は、貯蔵槽の製造、配管工事、機器の据付等の請負(発注先は、日本鋼管、日本鋼管工事、石川島播磨重工業、石井鉄工等)を業務内容としていた、正規の従業員数約五〇〇名(その内、大阪事業所に約三〇名)の会社、原告補助参加人は、ガス管の地中埋設工事等をしていた配管工(鉄工)であつたが、同事業所所長(訴外水野実)は、昭和五〇年四月二五日、原告補助参加人との間で、工事請負基本契約書と題する書面により、概略、左記内容の契約を締結した(因に、右両者間では、既に同四九年六月頃、口頭により、ほぼ同一内容の契約が締結済であつた。)。

1  同所長を注文人、原告補助参加人を請負人とする。

2  工事の発注は、一件金五万円未満のものを除外し、注文書を発行をして、これを行う。

3  原告補助参加人は、図面、仕様書、工程表に基いて工事を施行する。これらに基かない時または疑義を生じた時は、同所長またはその代理人に報告してその指示を受ける。

4  原告補助参加人は、工事の遂行にあたり、工事上、安全上の事項に関し、同所長およびその代理人の指示に従う。

5  原告補助参加人は、業務の遂行にあたり、特に労働関係法規を十分に理解し、これに従う。

6  原則として、検収締切日を毎月末日、支払日を翌月末日とする。

等。

<2>ところで、その頃、同事業所との間に、原告補助参加人と同様の契約を締結していた者は、一六名おり、その内、法人が二社、一人請負(原告補助参加人も、然り)が六名であつた。<3>しかして、右契約のとおり、原告補助参加人らに対する採否の決定権は、同事業所所長に存し、その契約締結名も同所長名であつたが、これに反し、正規の従業員に対する採否の決定権は、本社の人事課に存した。<4>そのほか、正規の従業員には、精勤手当、賞与(年間に給与の四ケ月分)、退職金の各支給、作業服および防寒服の無償支給、有給休暇、健康保険、失業保険、労災保険、厚生年金、所得税や県市民税の源泉徴収、就業規則の適用、等が存したが、原告補助参加人らには、これらが存しなかつたのみならず、正規の従業員に対する給与の支払日は、月末締切の翌月一〇日払であつたのに反し、原告補助参加人らに対する報酬の支払日は、前記のとおり、月末締切の翌月末日払であつた。そのほか、呼称も、正規の従業員に対しては「本工さん」、原告補助参加人らに対しては「下請さんまたは鍛冶屋さん」と各表現されて、区別されていた。<5>なお、原告側では、前記のとおり、原告補助参加人を、一人請負として、いわゆる労働者ではないと考え、これに対する労災保険の申請手続をしていなかつた。<6>因に、同事業所では、昭和五三年四月一日より、原告補助参加人らに対して支払つていた報酬の算定方法を変更し、それまで時間給だつたものを、配管一メートルあたりいくらという方式の出来高給にしたのみならず、同時に、原告側の道具類や自動車(主に、工事現場への通勤用)に対する原告補助参加人らの使用も、それまで無償だつたものを有料化するに至つた。

しかしながら、他面において、次のような事実も存在した。すなわち、<1>’前記のとおり、昭和五三年四月一日までは、原告補助参加人の報酬の算定方法は、時間給(但し、技術、経験等=例えば、「ホーシン」と「さきて」=により、個人差が存した。)となつており、報酬の明細は、左記のとおりであつた。

1  定時(午前九時から午後五時まで、但し昼休みが一時間あつたので、実働七時間)―時間あたり、金九〇〇円

2  残業(午後五時から同一〇時まで)―時間あたり、金一一二五円(すなわち、定時の二五%増)

3  深夜(午後一〇時から午前五時まで)―時間あたり、金一三五〇円(すなわち、定時の五〇%増)

4  不就労手当(夜間工事をした翌日に与えられる報酬付休日)―金九〇〇円×七時間×八〇%=金五〇四〇円

5  手待ち(工事待ち)(一つの工事現場が終了し、次の工事現場に移るまでの間、前記事業所の指示を待機している時間)―定時と同一

6  残業食(残業を三時間以上した際における、食費に対する定額補助)―一回、金四〇〇円

7  交通費(原則として、同事業所から工事現場までの分、例外的に、夜勤帰りのタクシー代等。なお、原告補助参加人らが、自分で支払つた時にも、支給されるが、原告側の自動車で工事現場に赴いた時には、支給されない。)―実費

<2>’ところで、原告補助参加人らは、同事業所にまたは直接工事現場に各出勤するが、右各出勤に対しては原告側よりチエツクがなされていたのみならず、同事業所の指示に基く日曜出勤も存し、さらに、原告補助参加人らが遅刻、早退、欠勤等をする時には、同事業所に連絡(報告)しなければならず、無断で欠勤すると、同事業所から、注意を受けた。<3>’そのほか、ある工事現場の仕事が終了した時や中断した時には、同事業所の指示によつて、後続の仕事が割り当てられたが、原告補助参加人らがこれを拒否することはできなかつたのみならず、工事現場間の移動もまた、同事業所の指示に基いて、行われた。なお、一工事現場には、土木関係者、電気関係者、配管工等がワンセツトで赴き(なお、右現場への通勤には、自動車を使うため、これを運転できる者とペアを組むことになつていた。)、原告補助参加人が、単独で、全仕事を完了させてしまうようなことはなかつたほか、仕事の打ち合わせに関与するようなことも、存しなかつた。<4>’それだけでなく、工事用主材料は、前記原告に対する発注先より同事業所を通じて原告補助参加人らに渡されたほか、道具類(溶接用酸素、アセチレンガス、コード、モンキー、ハンマー等)や工事現場への通勤用自動車(原告の所有する二〇数台以外に、レンタル分もあつた。)もまた、原告側から原告補助参加人らに対して支給されていた。なお、一部道具類を同事業所で積み込んでから、工事現場に向つて出発したこともあつた。<5>’ところで、同事業所より原告補助参加人らに対し、月の初日の日付で、注文書が交付されていたが、右注文書には、その月の末日を納入期限(すなわち、一ケ月単位)とすること、工事名を、例えば、「ONG―6503鋼単工事」とすること、程度の記入しか存せず(換言すれば、工事の具体的な仕様や工程については、何らの記入も存せず)、しかも、注文金額欄が白地のまま交付され、右白地は、月末以降(翌月初め頃)に補充され、右補充は、原告補助参加人らから原告宛に右翌月初め頃に提出されていた工事出来高並請求書および請求書(その用紙は、予め、同事業所より原告補助参加人らに対し、交付済であり、原告補助参加人らは、作業の都度に控えておいたメモ書に基いて、右用紙に記入していた。)に既に記入済の金額に基いて、行われていた模様である{因に、右の工事出来高並請求書および請求書を見ると、形式(体裁)上は、原告補助参加人らが、前記一ケ月分の請負代金の支払を、原告宛に請求しているかの様であるが、しかしながら、これらを仔細に吟味すると、右請求書は、前記<1>’に述べた明細費目に当該月における時間数等を乗じた上で合計金額を算出した、いわば、右一ケ月分の報酬の明細表にすぎず、しかも、右工事出来高並請求書に至つては、右合計金額を契約金額(請負契約金額を意味しているものと推測される。)欄にそのまま移記しつつ、着工を月の初日、終了を月の末日、右一ケ月間の出来高を一〇〇%とし、契約金額×出来高=出来高金額としただけの、いわば、原告補助参加人らの一ケ月毎の報酬(実質)を、請負代金(名目)に形式的に嵌め込んだ、前記報酬の明細表の変種にすぎないものではなかつたかと、各推測される}。<6>’ところで、原告補助参加人は、同事業所より、前記<1>’の明細費目以外の名目では、いかなる金員の支払も受けていなかつたのみならず、原告補助参加人らは、受領した金員を給料と呼んでいた上、右明細費目の単価の決定権も、同事業所所長により、これを掌握されていた。<7>’しかして、原告補助参加人は、前記口頭契約以降、同事業所の仕事以外の仕事をしたことはなかつた様であり、また、原告補助参加人らは、時間的に、他の仕事をかけ持ちすることは、事実上不可能であつた模様である。<8>’なお、本件事故は、深夜作業の後、原告所有の加害車(争いのない事実)で、工事現場から同事業所に帰る途中において、発生している。<9>’ついでながら、同事業所における正規の従業員中には、労務職が約二二名存在したが、右労務職は、直接工事現場に出勤の上、原告補助参加人らと一諸に働くこともあり、また、前記定時の内容、日曜や祝祭日、正月休みにおける休日制度、前記不就労手当(但し、右労務職の場合は、日給の八〇%)等も、原告補助参加人らと、ほぼこれを等しくしていた模様である。

以上の事実を認めることができ、これに反する証人水野実(第一、二回)、同松田茂義の各証言および原告補助参加人本人尋問の結果の各一部、これに反するかのような甲第一四号証、乙第一号証、丙第七号証は、いずれも、前掲証拠と対比し、採用ないし措信せず、他に右認定に反する程の証拠はない。

右認定の事実のもとに、対象を、本件事故当時(報酬の算定方法が、時間給の時代)における、原告補助参加人(いわゆる、一人請負)に限定した上で、考察してみると、原告補助参加人に、形式上(皮相上)、原告の下請人的要素が存しなかつたとまではいい切れないものの、実質的(内実的)には、原告補助参加人は、原告に雇傭されていたものと判断して差し支えなく、かつ、前記約款における前記「使用人」(免責の抗弁1項参照)に該当するものと解するのが相当である、と考える。

(三)  右(一)、(二)を総合すると、結局、被告の免責の抗弁は、理由があることになる。

三  よつて、原告の本訴請求は、その余の論点に触れるまでもなく理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳澤昇)

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